個人の方で特に対面で金融商品を購入している方が知っておくと役に立つと思われる、金融商品の勧誘・販売において重要な適合性の原則についてまとめておく。
最初に金融機関でおすすめの金融商品を勧誘され、購入に至るまでの間にどのような確認や説明があると思いますか?
恐らく購入者は担当者から商品性や将来の見通し、リスク、手数料等の確認や説明があることを想像すると思います。
勿論それも間違いではないのですが、金融機関の担当者はあなたに対象の金融商品を勧誘・販売しても問題ないのかを確認する作業があります。
この作業の根拠となっているのが適合性の原則というルールです。
(金融商品取引法の40条が根拠条文)
適合性の原則は広義の適合性と狭義の適合性の2種類が存在する。
広義の適合性の原則とは、金融商品取引業者が金融商品を勧誘・販売する際に、顧客の知識・経験・財産の状況や契約締結の目的と照らして不適当な勧誘を行なってはならないというルールです。
狭義の適合性の原則は、ある特定の顧客に対してはいかに説明を尽くしても一定の商品の勧誘・販売を行ってはならないという原則をいいます。
もし金融商品を買ってくれそうなお客さんがいて、セールスがトントン拍子に進むとしても例えば以下の様な場合には狭義の適合性の原則に照らして、そもそも勧誘行為自体見送るべきという選択肢が出てきます。
例えば…
満期までの長く、中途解約をすると元本割れをする金融商品を満期が来た頃には存命していない年齢に達しているような高齢者に勧誘・販売する場合。
認知症を患っており、理解力が乏しい方に勧誘・販売する場合。
高齢で身体的な能力が著しく衰えており、理解力が乏しい人に勧誘・販売する場合。
顧客には上記の様に色々な方がいることを踏まえ、最初に狭義の適合性にて勧誘行為を行い、商品提案してもよい人なのかを注意深く判断する必要がある。
それをスルーして、金融商品取引業者が商品の勧誘・説明を非常に丁寧に行ってお客さんが購入したとしても、狭義の適合性で特定の顧客に該当するならば適合性の原則違反となる。(恐らくこのパターンは本人からではなく親族の方からのクレームにより発展していくことが多いと思われる)
それをクリアし、問題ない人であれば次に広義の適合性である、顧客の知識・経験・財産の状況や契約締結の目的を確認する。
では金融商品取引業者が金融商品を勧誘・販売する際、どのように適合性を確認していくのかを記載する。
各金融機関は適合性の原則に対応すべく顧客カードというものを作成している。また、証券業協会に加入している金融機関は証券業協会の投資勧誘規則にのっとり顧客カードの整備している。
この顧客カードは顧客の知識、経験、財産、投資目的に関する情報を把握するため、顧客は過去の投資経験やリスク許容度、運用の目的や財産に対するリスク性商品の割合にチェックをする作業が必要になる。
ここで…
顧客のリスク性商品の投資割合が過度に大きく、日常生活に支障をきたす懸念がある場合
顧客のリスク許容度よりも勧誘対象商品のリスクレベルが大きい場合
知識・経験に見合わない商品の場合
投資する資金が余裕資金ではなく生活に必要な資金の場合
これらに該当した場合は勧誘を見送る可能性がある。
もっとも金融機関側はできれば勧誘・販売をしたいので、うまいこと顧客カードのチェックを誘導してくる可能性があるので顧客側は自分の意向をしっかり示す必要があると思われる。
(勧誘後に契約するとなってからこの顧客カードを顧客から記載してもらうのではなく、勧誘前にこの顧客カードを記載してもらうのが正しいと思料)
この顧客カードは一度記載してもらえば良いというものではなく、基本的には勧誘の都度必要となるものである。なぜなら勧誘から商品販売に至る度に顧客の財産状況やリスク許容度、投資目的等は変化している可能性があるからである。
では、勧誘行為がないネット証券は顧客カードが不要なのか?
これについてはマネックス証券のQ&Aを見ていただくと分かりやすい。
ネット証券が顧客カードを整備しているのはHPやメール等で顧客に商品案内しているので顧客保護のために顧客カードを備えているということだった。
確かにネット証券では最初の口座開設時に顧客カードを記入をする必要があるが、自らの判断で株を購入する度に顧客カードに記入することはしていない。
以上より金融機関の担当者に勧誘行為を受けて購入に至る場合、基本的には担当者は商品勧誘前に適合性の原則に基づく確認作業がある。
勧誘を受ける顧客側もこのルールを知っておくことで、なんでこんな煩わしい事務手続きがあるのか…と思うことが少しは減るのではないだろうか。
少なくとも金融機関で金融商品を買う場合は八百屋のように…
この大根欲しい!
200円ね!毎度!
というわけにはいかないのである。
では、最後に現場では本当にこの適合性の原則が機能しているのかについて触れたいと思う。
結論としては適合性の原則があることにより、不適当な勧誘を防ぎ、投資者を保護をする効果はあるが、それが現場で常に機能しているわけではないと思っています。
それは適合性の確認をして、判断するにあたり定性的な部分があり、その判断を下す人が販売を行いたい利害関係者ゆえに間違った判断を下すリスクがあるからです。
たとえば狭義の適合性における、ある特定の顧客に対してはいかに説明を尽くしても一定の商品の勧誘・販売を行ってはならないという、この特定の顧客についてであるが、
金融機関の担当者からすると顧客が既に認知症と診断されている場合は比較的判断しやすいと思われる。(狭義の適合性におけるある特定の顧客に該当すると判断できる)
では、病院に行かず認知症と診断されていないが、実際には認知症っぽい顧客や、高齢による身体の衰えから判断力、理解力が鈍っている顧客はどうだろうか?
現場ではセールスの担当者がお客さんの理解力を確認すべく、あえて商品に関する質問をしたりお客さんの考えを聞いたりしている。また、高齢者に関しては上司(役職者)が同席して確認をしたり、高齢者ではない家族の同意を得てから販売に至るケースが多い。(高齢者の定義は何歳から~と金融機関の内規で決まっている)
高齢顧客への勧誘における注意点については日本証券業協会の高齢顧客への勧誘による販売に係るガイドラインに詳しく記載されている。一般的に高齢者は、身体的な衰えに加え、記憶力や理解力が低下してくることもあるとされており、高齢顧客に投資勧誘を行う場合においては、適合性の原則に基づいて、慎重な対応を行う必要があると記載されており、例として以下のような対応が金融機関に求められている。
- 高齢顧客の目安を75歳以上の顧客とし、その中でもより慎重な勧誘・販売を行う必要がある顧客を80歳以上の顧客とすること。
- 高齢顧客に勧誘可能な商品の範囲を定めておくこと。その範囲外の商品は勧誘留意商品として分類され、役席者の事前承認などが必要になる。勧誘留意商品は価格変動が大きい商品や複雑な仕組みの商品、換金性が乏しい商品と記載されているが、詳しくは上記リンクのガイドラインのP4に勧誘可能な商品の例が載っているので興味のある方はどうぞ。
- 勧誘留意商品の勧誘を高齢者に行う場合、役席者の事前商品に加え、勧誘と受注の日を同日にしないことや、外訪先の場合は了解を得て会話を録音したり、帰社後に交渉記録を残しておくこと。
上記の日証金のガイドラインを参考に各金融機関は高齢者販売におけるルールを決めており、高齢顧客に投資勧誘を行う場合においては、適合性の原則に基づいて、慎重な対応を行っている。
だが、あくまでガイドラインであり、全て上記の通りという金融機関ばかりではない。実際には帰社後に交渉記録を書いて保存するが応対時の録音はせずに勧誘留意商品の販売をしている金融機関も存在する。
私が適合性の原則が現場で常に機能しているわけではないと思う根拠は、現場の担当者(営業)やその上司(役席者)も金融機関側の人間であり、支店の数字を背負っているからです。利害関係者が適合性の原則を確認して、意図的な判断をするリスクはあると思います。
結果、適合性の原則的には控えるべき先なのに数字が欲しいので勧誘・販売を行い、運が悪いと顧客や家族からクレームが来ることになる。
では、ガイドラインに記載されている役席者の承認や交渉記録の作成、適合性の判断も全て金融機関側によるものであり、上記のようなリスクは存在するが、一方で顧客の家族の同席や、後から第三者が確認できる勧誘の応対録音などは適合性の原則に沿った適切な販売に役に立ちそうである。
ただ、顧客が家族同席を拒否するケースがあり、役席の同席のみで販売に至ってしまうことがある。
ちなみに顧客が家族同席を拒否する理由に以下のようなものがある。
自分のお金なので好きにしたい。
家族に迷惑がかかる。(家族が遠方、多忙等)
お金のことは家族でも秘密にしたい。
などである。
これにより家族同席が得られないと商品販売不可と内規を定めている金融機関があれば、一方で家族同席が得られない場合は顧客の意向に沿って家族同席を省略し、販売可としている金融機関もあり、同席がなくともリスク性商品の販売に至ってしまうケースがある。
録音についても先述したように、あくまでもガイドラインなので実施しない金融機関は存在する。
よって販売をしたい金融機関側のみで適合性の原則の確認をすることが可能であり、後から問題が発生した時に全銀協ADRなどの第三者機関が検証しようにも、金融機関の担当者と役席が作った交渉記録が当時の勧誘・販売の様子を検証する強力な材料になる。
顧客側は勧誘・販売における記録は残していないことが普通である。また、購入時から時間が経過してから問題が発生した場合は、当時のことを第三者機関がヒアリングしても過去のことを顧客がしっかり覚えているとは限らない。
また、不適切な販売だと問題提起したのが契約した顧客の家族である場合、契約した本人は高齢で理解力に乏しい人であり、何が問題かも理解していなかったりする。そんな本人に第三者機関が過去の勧誘・販売のことをヒアリングしてもまともな回答は得られる可能性は低いと思われる。
話が長くなってしまったが、以上が適合性の原則に関することと、金融機関の勧誘・販売における実務に関する話である。
顧客側にできることは金融機関側が何を確認して販売しているかを知ることで、信頼できる担当かどうか判断する一つの材料になるし、顧客カードで客観的に無理のない運用をしてないか確認できると思われる。
また、家族で理解力に乏しい方や高齢で体が弱ってきた方などがいる場合、できれば家族で予めお金の相談をすることや、もし勧誘があった場合には一緒に同席する旨を伝えておくこと、そして心配な方は同席時に録音までしておくことをお勧めします。
以上。